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ロボット手術

ロボット手術とは?

 

 ダヴィンチ・サージカルシステム(Intuitive Surgical社製da Vinci S Surgical System)は、内視鏡下手術支援ロボットです。手術“支援”ロボットですので、ロボットが自動的に手術を行うわけではなく、患者さんのお腹にあけた小さな穴に手術器具や内視鏡を取り付けたロボットアームを挿入し、医師がサージョンコンソールと呼ばれる操作ボックスの中で内視鏡画像を見ながら手術操作を行います。

 

ロボット支援手術の利点

 

高解像度三次元画像と拡大視効果

 従来の腹腔鏡手術では、術者は2次元の画像を見ながら手術操作を行っていましたが、ロボット支援手術では3次元の画像が得られるため、開腹手術と同様、お腹の中の奥行きを感じながら手術を行うことができます。また、高画質カメラによる拡大視によって、細かな血管や神経、臓器の境界をより正確に把握することができます。

 

鉗子の関節機能と手ぶれ防止

 従来の腹腔鏡手術は鉗子と呼ばれる直線状の手術器具を用いており、鉗子は限られた動きしかできませんでした。しかし、ロボット支援手術では鉗子に関節機能が付いており、人間の手首や指と同じように操作することが可能です。さらに手ぶれを全く生じないため、より緻密なリンパ節郭清消化管の縫合等において微細な手術操作をより正確に行うことができます。

 

(図1) (図2)

 鉗子関節機能,手ぶれ防止,拡大効果により,精緻なリンパ節郭清が可能です.

 

(図1)

 

(図2)

 

(図3)(図4) ロボット手術ならおなかの中での消化管吻合や縫合も,より正確に行えます.

 

(図3)

 

(図4)

 

ロボット支援胃切除術の適応

 

 本邦においては前立腺がんに対する前立腺全摘術に対してロボット支援手術が保険適応とされていますが、胃がん手術については保険収載されていないため、基本的には自費診療の形をとる必要があります。しかし、校費診療(当院が治療費の一部あるいは全額を負担する制度)、または先進医療(特定の施設で行われる特定の高度な医療技術に対して例外的に保険診療と自費診療の併用を認める制度)を適応することにより、各制度の条件を満たす患者さんは実際よりも少ない経済的負担にて治療を受けることができます。

腹腔鏡手術

1)腹腔鏡手術とは

 胃がんの患者さんが手術治療を受ける場合には、現在、みぞおちから臍のあたりまでの皮膚を切開して行う開腹手術が標準とされています。しかし近年では、図のように5mm~3cm程度の小さな創(きず)から、腹腔鏡や手術器具を挿入し、モニターに映し出されるお腹の中の画像を確認しながら行う腹腔鏡手術が普及してきました。腹腔鏡手術は開腹手術と比較して創が小さいため、整容性に優れるとともに術後の痛みが少なく、手術からの回復も早いと言われており、当科では積極的に取り組んでいます。

 

 

(図1)従来の開腹手術(左)と比較し、腹腔鏡手術(中、右)では創が小さく、術後の痛みも軽度です。

 

(図2)実際はこのように、手術に携わる全員がモニターを見ながら手術操作を進めます(左)。胃やリンパ節の切除に加え(中)、最近では消化管の縫合再建(縫ってつなぎ合わせること)も専用の器具を用いることによりお腹の中で行うことができるようになっています(右)。

 

(図3) 図のように腹腔鏡手術の最大のメリットは,拡大視効果による,開腹手術より精緻なリンパ節郭清です.

 

   

 

2) 腹腔鏡手術の適応と当科における成績

 日本内視鏡外科学会のガイドライン(2014年版)では、幽門側胃切除が適応となる早期胃がん(cStageI; 下記「胃がんとは」の項参照)に対して腹腔鏡手術を行うことは推奨できる(推奨度B)とされています。当科では、胃がんに対する腹腔鏡手術が保険収載された2002年以前(1997年)から導入しており、これまでに1000例以上の腹腔鏡下胃切除術を施行してきました(図3)。

 

 

(図3)当科における胃がん手術件数の推移です。2004年までは10%程度だった全手術における腹腔鏡手術の割合が、2015年には約90%(全138件の胃がん手術のうち、124件)まで増加しました。

3)当科における取り組み

 当科ではこれまで早期がんで培ってきた多数の経験を生かし、安全性を十分に担保できると考えられる場合には、胃全摘術、噴門側胃切除術など幽門側胃切除術以外の術式を行う症例や、進行がん症例に対しても出来るかぎり臨床研究として腹腔鏡手術を行っています。また、創をより小さくするための完全体腔内吻合法など、新たな手技の開発にも積極的に取り組んでいます。

 

(図)体腔内吻合の実際: これにより,最も大きな傷の大きさは4㎝以下となりました.

 

腹膜播種 微小転移の検出

 進行胃がんの再発形式として最も多いのが、お腹の中(胃の外)にがん細胞が拡がることによる腹膜播種です。このため、進行胃がんの治療成績を向上させるためには、腹膜播種に対して早期に正確な診断を行うとともに、効果的な治療法を開発することが求められています。

 

 腹膜播種とは、胃の内側から発生した胃がんが進行し胃の外側(漿膜側)に露出した場合に、胃からお腹の中にがん細胞が脱落し、腹部臓器を包んでいる薄い膜である腹膜に根を生やして増殖することで起こります。腹膜播種病変が増大した場合には、腸閉塞や腹水の原因となることがあり、肝臓や肺等の他の臓器への転移と同じように、手術のみによる治癒を期待することが難しい病態とされています。現行の胃癌治療ガイドラインでは、化学療法、放射線療法、緩和手術や対症療法など根治手術以外の治療が推奨されています。  

 

 

 

 このため、治療の開始前に腹膜播種を診断することが、患者さん個人に最適な治療を選択する上で非常に重要です。しかしながら、CT検査等の画像検査では小さな腹膜播種病変を同定することが難しいため、診断技術の進歩した今日でさえ事前に腹膜播種を診断できない場合が多くあります。このような課題を克服するため、最近では手術を行う前に全身麻酔下に腹腔鏡を用いた検査(審査腹腔鏡検査)を実施し、実際にお腹の中に播種病変がないかを確認することが増えてきました。当科では、審査腹腔鏡検査の診断能力を向上させるため検査の際に“5-アミノレブリン酸(5-ALA)”という薬剤を用いた“光線力学診断”を併せて行うことにより、診断精度を向上させる取り組みを開始しています。光線力学診断では、検査前に5-ALAを内服していただきます。5-ALAは体内でプロトポルフィリンⅨ(PpⅨ)という物質に代謝されがん細胞に蓄積しますが、PpⅨは特殊な青色の光を照射することにより赤色の光を発する(蛍光)という特徴を持っており、これを利用して腹膜播種病変を検出するという仕組みです。

 

図)がん細胞が光る仕組み

 


正常細胞内での5-ALAの代謝経路


がん細胞内での5-ALAの代謝経路

 

 本法はがん細胞の中の代謝の変化に着目した方法で、本来体内にある物質である5-ALAを投与するため、副作用が起こりにくい安全性の高い検査であると考えています。また、5-ALAは、脳外科の分野において既に保険適用された薬剤ですが、当科では胃がんを対象に臨床研究を開始し、微小病変の検出に役立つ診断法であるという感触を得ております。

 

 そのうえで、胃がんに対する新たな診断法として保険適応されることをめざし、現在医師主導治験*を実施しています。治験の結果、有効な検査であることが証明されれば、数年後には胃がんの腹膜播種を診断するための検査として広く活用されるようになると予想されます。患者さんにより適切な医療を提供するため、努力していきたいと考えています。

 

 *医師が自ら準備・運営・管理を行う治験の一種

 

 

左列:通常の腹腔鏡画像において検出できなかった病変部位

右列:光線力学診断を併用することにより病変を検出し病理学的検査にて腹膜播種の診断が確定した。

腹腔内化学療法

DCSipについて

 

 進行胃がんの再発形式で最も多いのは前述のとおり腹膜播種再発です。根治的な手術を行った後に腹膜播種再発した場合や、胃がんと診断された時に腹膜播種病変が認められた場合には、化学療法、放射線療法、緩和手術や対症療法等の治療が推奨されています。しかしながら、その治療成績はいまだ良好とは言えません。胃や肺、肝臓等血流の豊富な臓器に比べて臓器の外の腹膜(腹腔内)に発症する腹膜播種病変には、血管内に投与された抗がん剤が到達しにくいことが知られており、腹膜播種に対する治療を効果的に行うには直接腹腔内に抗がん剤を投与する腹腔内化学療法が効果的ではないかと考えられています。

 

 しかし、抗がん剤の腹腔内投与は保険適応となっていないものが多いため、当科では校費診療(当院が治療費を負担する制度)の形で臨床試験を行ってきました。現在実施中の臨床試験は、4型もしくは大型(8cm以上)の3型胃がんあるいは少数のみの腹膜播種を有する胃がん(CY1を含む)に対して、手術前にドセタキセルの腹腔内投与を行うものです。切除不能/再発胃がんに対する標準的治療薬であるS-1とシスプラチンも同時に全身投与しますので、強力な治療効果が期待できます。この治療を2~4コース行ってから、手術を行い、根治を目指します。ただし、多数の腹膜播種を有する胃がんや術後に腹膜再発した胃がんに対しては、腹腔内投与の臨床試験の対象外です。

 

食道胃接合部がん

1、食道胃接合部がんとは

 食道胃接合部とは食道と胃がつながる部分のことで、がんの中心が食道胃接合部から上下2cm以内にある場合、食道がんや胃がんと区別し食道胃接合部がんと呼んでいます。肥満や逆流性食道炎が食道胃接合部がんの発生原因の一つであると言われており、日本では近年発症数が増えてきています。胸部に位置する食道と腹部に位置する胃の境界に発生するため胸部・腹部の両方にリンパ節転移を起こしやすいことが知られていますが、転移頻度の高いリンパ節部位や転移割合の正確なデータは得られておらず、食道胃接合部がんに対する適切な手術術式(食道や胃の切除範囲とリンパ節郭清の範囲)を定めることが外科領域の今後の大きな課題として現在注目を集めています。

2、当院での治療方針

 食道胃接合部がんに対する治療法には手術や抗がん剤による治療(化学療法)等ですが、早期がんの一部や手術ができないような進行がんを除けば、手術が第一選択の治療となります。手術では食道と胃の一部および食道と胃の周りのリンパ節を切除します。進行した食道胃接合部がんは、胸の上方(上・中縦隔)のリンパ節や、腹部の深いところにある大動脈周囲のリンパ節に転移することがあると報告されていますが、手術によってどの範囲のリンパ節を郭清するのが適切かということはまだ定まっていません。こういったことを明らかにするため、当科では現在日本食道学会と日本胃癌学会が合同で行っている臨床試験(食道胃接合部癌に対する縦隔リンパ節および大動脈周囲リンパ節の郭清効果を検討する介入研究)を実施しています。その中で現在行っている手術術式は以下の2つがあります。

 

① 食道亜全摘

 

 がんの病理組織型が食道がんに多いとされる扁平上皮癌の場合や、食道への浸潤距離が長い、または画像検査で上~中縦隔のリンパ節転移が疑われる場合には、胸部と腹部の食道および食道胃接合部付近の胃を切除します。さらに、がんの周囲のリンパ節(腹部リンパ節、下縦隔リンパ節)の郭清に加えて、上・中縦隔リンパ節の郭清も行います。再建には、通常は胃管を用いて後縦隔経路で挙上し、頸部で食道と吻合します。この手術方法では、図のように腹部の切開(開腹)に加えて右胸部の切開(右開胸)を行いますが、切除創を小さくするために、胸腔鏡や腹腔鏡をできるだけ使用するようにしています。

 

② 噴門側胃切除+下部食道切除

 

 がんの病理組織型が胃がんに多いとされる腺癌で、食道への浸潤距離が短く、画像検査で上~中縦隔のリンパ節転移が疑われない場合には、噴門側の胃を1/2~1/3切除し、食道は下部のみを経食道裂孔的に切除します。さらに、がんの周囲のリンパ節(下縦隔リンパ節、腹部リンパ節)を郭清します。再建には、残った胃もしくは小腸を挙上して、下縦隔内で食道と吻合します。この手術方法では、創(手術のきず)は腹部(開腹)のみとなりますが、当科では開腹せずに腹腔鏡下で行う手術を積極的に導入しています。

 

 いずれの手術方法でも、腹部大動脈の周りのリンパ節の一部を切除することがあります。また、病気の進行度合に応じて、手術の前後に抗がん剤による治療(化学療法)を実施することがあります。

術前化学療法

1、術前化学療法とは

 進行胃がんに対する治療として胃癌治療ガイドラインに定められた治療は手術による胃の切除ですが、中には手術を行っても微小ながん細胞が残り、これが原因となって手術後に再発する場合があります。一方で、進行胃がんに対しては術後再発予防のために抗がん剤を内服することがガイドラインにおいて推奨されていますが、それだけでは再発が予防できないことも多く、術後は体力の消耗により強力な抗がん剤が使用できません。そこで、当科では、より進行した胃がんを対象に、更なる再発率の低下を目指して術前により強力な抗がん剤治療を行う術前化学療法を実施しています。

2、当科で実施している術前化学療法

 現在、術前化学療法として最も使用されることの多い抗がん剤はS-1(ティーエスワン)+シスプラチンですが、当科ではさらなる治療効果の強化を目指して3種類の抗がん剤を用いる術前化学療法を臨床試験として実施しています。

 

 

① cStage III胃がんに対する術前Docetaxel + Oxaliplatin + S-1(DOS療法)の第Ⅱ相試験

 

 ステージIIIの進行胃がんに対して、手術前にドセタキセル・オキサリプラチン・S-1の3つの抗がん剤を用いた治療を実施します。1日目にドセタキセル・オキサリプラチンを点滴し、S-1は2週間内服し1週間休みます。3週間を1コースとして3コース行った後に、手術を行います。副作用としては脱毛、全身倦怠感、下痢、嘔吐、手足の痺れなどが出る方がおられます。

 

 

② 4型/大型3型もしくはCY1/P1胃がんに対する術前DCS ip療法の第Ⅱ相試験

 

 進行胃がんでは前述のとおり、手術後に腹膜播種再発をきたす割合が高く、特に4型/大型(8cm以上)の3型胃がんで腹膜播種再発が多いことが知られています。これらの胃がんに対して腹腔内化学療法を行う臨床試験を実施しています。本治療を受けていただく場合には、審査腹腔鏡検査または試験開腹術を行い広範囲の腹膜播種がないことを確認し、皮下埋め込み型の腹腔用ポートを留置します。ドセタキセルの腹腔内投与を1日目と15日目に、シスプラチンの点滴を1日目に行います。また、S-1を2週間内服し、2週間休みます。4週間を1コースとし2~4コース繰り返した後、手術を行います。

 

 

 

胃がんとは

 

 胃がんは、胃の壁のもっとも内側の粘膜(食べ物と接する場所)に発生します。粘膜から、胃壁の外に向かって粘膜下層、固有筋層、漿膜下層、漿膜とがんが広がっていくと、がんが胃以外に転移する頻度が増加し、生命予後が悪くなっています。

 

 胃がんは、早期胃がんとそれ以外の進行胃がんに分類されます。早期胃がんとは、がんが粘膜あるいは、粘膜のすぐ下の粘膜下層までにとどまっているものをいいます。早期胃がんの場合、手術で切除すれば9割以上の確率で治ります。

 

一方、胃壁の筋層を越えて広がった進行胃がんの場合、胃以外へのがんの転移が懸念され、それぞれの進行度に応じた治療法の選択が必要となってきます。

 

 胃がんの転移形式は、大きくわけて以下の3つに分れます。

 

A)リンパ節転移
B)腹膜転移
C)肝臓転移

 

 

 リンパ節転移は、もっとも多い転移形式です。リンパ節は、胃の周囲に多数存在し、本来胃から侵入する細菌などの外敵を食い止める働きをしています。がん細胞も同様にリンパ節に侵入し増殖することがあり、これをリンパ節転移と呼びます。リンパ節転移が胃の周辺に留まっている場合は、手術で切除することで治る可能性があります。

 

 腹膜転移は、がん細胞が胃壁の最も外側にあたる漿膜層を越えて浸潤し、腹腔内にこぼれおちることにより、腹腔内の小腸、大腸、膀胱、腹壁を被っている腹膜上に転移したものです。別名、腹膜播種あるいはがん性腹膜炎と呼ばれ、転移が進むと腹水が溜まったり、腸閉塞をおこしたりすることがあります。

 

 肝臓転移は、胃壁にある血管内に入り込んだがん細胞が肝臓へ流れて増殖し、がんの固まりをつくる転移形式です。腹膜転移、肝臓転移があると、胃がんの進行度は最も進んだIV期となり、通常は外科的切除の適応とはならず、化学療法を中心とした集学的治療が選択されます。

 

検査

胃内視鏡検査

 胃がんの確定診断を行うための重要な検査です。直径6~12mmの太さの細長い電子スコープを口から挿入し、胃の粘膜を直接観察するとともに、病変が確認されれば組織を採取し、顕微鏡にてがん細胞があるかどうか、ある場合にはがん細胞の種類を確認します。カメラを通して病変の広がり、胃の入口あるいは出口までの距離を調べます。手術の際の切除範囲の目安として、胃内に医療用クリップを打つこともあります。通常は、のどの麻酔と軽い鎮痛剤を投与して行います。

 

超音波内視鏡

 この検査は、電子スコープの先に小型の超音波断層装置をつけて行います。この検査の目的は、がんの部分の胃壁を断層撮影することにより、がんの胃壁内の深さや広がりを調べます。また、胃の周囲のリンパ節を描出し転移の有無を判断することもできます。

CT検査

 

 検査台に横になり、ドームの様な形の機械の中に入ります。通常、造影剤を点滴で投与してから撮影する造影CTが行われます。ただし、造影剤は、アレルギーや喘息の既往がある方には使用できない場合があるため、医師の問診による安全性の確認が必要です。X線を使い、身体を数ミリメートル間隔で輪切りにした像を描き出すことにより腹部や胸部に異常が無いかどうかを調べます。胃がんの場合は、肝臓、リンパ節への転移があるかどうか、あるいは胃の腫瘍がどこまで広がっているか、周囲の臓器に浸潤していないかを調べます。

審査腹腔鏡

 がんが進行して遠くの臓器などに転移している場合には、手術で完全に切除することが難しいため、化学療法を行うことが推奨されています。しかし腹膜播種は上記のような画像検査で検出することが困難な場合があります。最近では、手術を行う前に全身麻酔下に審査腹腔鏡(診断目的腹腔鏡)を行うことによって、実際にお腹の中に腹膜播種がないかを確認することが増えてきました。当科では、前述のとおり、より正確な診断を行うことを目的に「光線力学診断 (photodynamic diagnosis ; PDD)」の一つである5-アミノレブリン酸(5-ALA)を用いた審査腹腔鏡(医師主導治験)を実施しています。肉眼では診断困難な微小な腹膜播種病変も同定することが可能となり、より適切な治療を選択できると考えています。

 

治療

胃がんの治療

 胃がんの治療法について説明します。胃がんの治療は、その進行度によって異なります。2001年に日本胃癌学会が、 胃癌治療ガイドラインを作成しました。これは、これまで施設によって違っていた胃がんの治療法をデータとして集計し、さらに科学的な研究結果を加味してその時点で標準的に推奨される治療法を定めたものです。このガイドラインでは、胃がん治療をすべての施設で施行可能な日常診療と、新たな胃がん治療を開発するための先駆的な施設による臨床研究としての治療法とに分類しています。 我々は、胃がん治療の成績向上と胃がん患者さんの苦痛の軽減を目指し、胃癌治療ガイドラインに基づき、さらに臨床研究としての治療を発展させていく形で診療を行なっています。

胃癌治療ガイドラインによる日常診療で推奨される治療選択アルゴリズム(2014年日本胃癌学会編:胃癌治療ガイドライン 第4版より引用)

 

定型手術:標準的な手術。胃の2/3以上の切除とリンパ節郭清を伴う。

EMR(内視鏡的粘膜切除術):胃の粘膜病変を挙上して鋼線のスネアをかけ、焼灼切除する方法

ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術):高周波ナイフを用いて病巣周囲の粘膜を切開し、さらに粘膜下層を剥離して切除する方法

 

日本胃癌学会編:胃癌治療ガイドライン 第4版より引用

 

早期胃がん

早期胃がんの治療

 粘膜下層までにとどまるがんを早期胃がんといいます。リンパ節転移が無く手術によるリンパ節郭清が省略可能と診断された場合には内視鏡的切除(EMR・ESD)による治療が推奨されています。しかしながら早期胃がんでも周囲のリンパ節に10数パーセントの確率で転移があり、明らかに転移を認めないものと思われるもの以外は手術によるリンパ節郭清が必要です。当科では、日本胃癌学会が示すガイドラインに沿って適応を決めています。

■ 内視鏡的切除術

 内視鏡的切除術の絶対的な適応は、大きさが2cm以下で、潰瘍を伴わず、粘膜内にとどまっているがんを対象とします。また、病理組織診断で分化型胃がんと診断されることを条件としています。適応拡大病変としては、①2cmを超える潰瘍を伴わない分化型粘膜内癌、②3cm以下の潰瘍を伴う分化型の粘膜内癌、③2cm以下の潰瘍を伴わない未分化型の粘膜内癌が挙げられます。これらについては、血管やリンパ管などの脈管への侵襲がなければリンパ節転移の確率が極めて低く、適応を拡大してよい可能性があります。しかし現時点ではこれらの病変に対して内視鏡的切除術を行った後の長期的な予後(再発しないかどうか)が明らかにされていないため、臨床研究として実施する医療として位置づけられています。

 

 粘膜切除は、内視鏡(胃カメラ)を用いて行います。最近ではESDと呼ばれる高周波ナイフを用いて病巣周囲の粘膜を切開し、さらに粘膜下層を剥離して切除する方法が広まっており、切除した病変の断端にがん細胞がいないか、リンパ節転移の可能性はないかを顕微鏡を用いた病理検査で診断します。病理検査の結果、がんの遺残やリンパ節転移の可能性が懸念される場合には、追加手術が必要になることもあります。当院では内視鏡的切除は消化器内科にて実施しています。

■ 腹腔鏡胃がん手術

1)はじめに

 胃がんに対する腹腔鏡手術は、1991年に世界に先駆けて日本で開発されました。年々その手術件数は増加し、内視鏡外科学会の調査では2007年には年間5000例近い胃切除術が国内で行われるようになっています。腹腔鏡下胃切除術が日本で開発されてから、20年以上がたちますが、従来からの数十年にわたる開腹手術と比べた治療成績の比較がまだ充分でないために、2014年発行の胃癌治療ガイドライン(第4版)においては、『標準治療として推奨されていないが、有望とされる研究的治療』と位置づけられています。当院では、がんの根治性(完全に治ること)と「患者さんに優しい治療」すなわち患者さんの身体への負担の軽減を最優先に考え、この腹腔鏡下治療を胃がん治療の一環として積極的に取り入れるとともに、その安全性や効果を調べるための臨床研究を行っています。

2)適応と術式

 当院では腫瘍の位置や術式に関係なく腹腔鏡下手術を積極的に取り入れております。実際の腹腔鏡手術は、開腹手術と同じ全身麻酔下で行います。まず腹腔内(腹腔:お腹の壁と臓器との間の空間のことです)に炭酸ガスを入れて膨らませ、おへそからこの手術用に開発された細い高性能カメラ(腹腔鏡)を挿入します。この際、同時に手術操作に用いる器具を挿入するために、5~10ミリの小さな穴を左右と上腹部に合計5ケ所開けます。そして腹腔鏡で撮影したお腹のなかの様子をモニターに映し出して、胃や周囲のリンパ節の切除を行います。

 

 この手術では、専用の高性能カメラによって拡大した鮮明な画像を見ながら行うため、従来の開腹手術では見えにくかった細かい血管や神経まで確認しながら繊細な手術操作を行うことが可能です。胃がんを確実に治すために切除すべき胃やリンパ節の範囲は、胃がんの進行度(病期)によって決まるため、臓器の切除範囲は腹腔鏡下手術でも開腹手術でも変わりません。

 


(図1)従来の胃全摘術(左)と異なり、腹腔鏡(右)による手術では3-4cm程度の皮膚切開で手術が可能になります。

 


図2 腹腔鏡下手術中の写真

 

進行胃がん

進行胃がんの治療

■ 手術療法

 進行胃がんにおいては、外科手術が最も有効な治療手段です。外科手術の基本は、がん病巣を含めた胃の切除と周囲リンパ節の合併切除(リンパ節郭清(かくせい))を行った後、食物が通るようにつなぎ直す(再建)ことです。外科手術は、手術前に、がんの広がりが手術でとりきれる範囲にとどまっていると診断される場合に選択されることがほとんどです。少なくとも目で見てがんが完全に切除できた場合を根治手術といいます。根治手術以外の他に、がんにより食物が通らなくなる狭窄やがんよりの出血に対して、バイパス手術やがん病巣の一部だけを切除する手術を行うこともあります。このように、身体の中にがんを残して終了する手術を姑息的手術といいます。

1)胃切除範囲

 胃の切除範囲は、がんの部位、進行度によって決められます。基本的には、がんの位置が胃の出口(幽門)に近い場合は幽門側胃切除が、胃の入り口(噴門)に近い場合は胃全摘術が選択されます。(早期胃がんの場合で噴門の近くにのみある場合は、噴門側胃切除が行われることもあります。)

2)リンパ節切除(リンパ節郭清)

 胃がんの転移形式として最も多いリンパ節に対して、切除を行います。転移は、まず胃の周囲のリンパ節におこります。そして、さらに進行すると胃から離れた膵臓や脾臓周囲のリンパ節に転移していきます。このため進行胃がんの手術では、膵臓や脾臓周囲のリンパ節までを含めて切除することが標準的です。転移がさらに胃から離れた遠隔リンパ節に転移している場合には、これを切除する意味があるかどうかわかっておらず、現在臨床試験が実施されています。当科では、このような場合にはまず抗がん剤治療を行い、転移を縮小させた後に、遠隔リンパ節を切除する治療を実施しています。胃上部の進行胃がんに対しては、リンパ節を完全に切除するために、脾臓あるいは、膵臓の一部を切除することがあります。脾臓は、古くなった血液(白血球、血小板、赤血球)を壊す臓器です。乳幼児の時期は、細菌に対する抵抗力(免疫)に関わっているといわれていますが、成人ではほとんど影響はないことがわかっており、リンパ節を完全に切除することを優先し切除を行う場合があります。

 

3)消化管の再建

 幽門側胃切除を受けた後は、残った胃(残胃)と十二指腸を直接つなぐ(吻合)方法(ビルロートI法)か、切離した十二指腸を閉じて、残った胃と持ち上げた小腸とを吻合する方法(ルーワイ法)で再建します。胃全摘後は、ルーワイ法にて再建するのが一般的です。その他、胃全摘後に代用胃として、小腸を置き換える小腸間置法、あるいは、小腸をつなげて袋(パウチ)をつくり食物の貯留をよくする工夫がなされることがありますが、手術が複雑となること、それによる合併症の頻度が少し増すこと、さらには、ルーワイ法と比較してその有効性が証明されていないことより当科では、ルーワイ法を(原則?)選択しています。

 

4)手術に伴う合併症

 胃がん手術後の合併症としては、以下のものがあります。

 

○膵液瘻

 

 膵臓周囲のリンパ節を切除する際に膵臓が傷つき膵臓が分泌する膵液(消化液)が漏れることが原因です。消化液が周囲組織に炎症を起こし腹痛、発熱が生じたり、まれに出血を生じることもあります。膵液瘻に対する治療は、絶食(食事をとらないこと)と膵液の産生をおさえる薬剤の投与(注射)をおこないます。

 

○縫合不全

 

 消化管をつないだ部分がくっつかないことにより、消化管の内容物が漏れてしまうことです。食道と小腸をつないだ場合におこることがあります。ほとんどの場合、絶食による治療で自然治癒しますが、その間は鼻から細いチューブを挿入し、栄養剤を注入することで栄養補給することとなります。

 

○ 腹腔内膿瘍

 

 様々な原因によって腹腔内に膿のたまりを作ってしまった状態のことです。腹腔内膿瘍により、術後に高熱や腹痛をおこすことがあり、その場合には抗生剤による治療が必要となります。場合によっては皮膚から腹腔内に針を刺し膿を持続的に抜く処置等が必要になります。

 

○その他

 

 全身麻酔に伴う合併症としては、無気肺(肺に貯まった痰が気道を閉塞して肺の一部がつぶれてしまうこと)、肺炎があります。手術に伴うものとして、術後出血、創感染(切開した傷が化膿する)、腸閉塞(術後に腹腔内に癒着がおこり腸がねじれてしまうこと)があります。

5)胃切除後の食生活と後遺症

 胃には、食物を貯める、蠕動運動で食物を腸に送りだす、という2つの働きがあります。胃を切除した後には、この2つの働きが悪くなるため、食生活に影響が出てくるとされています。

 

 具体的には、胃が小さくなる、もしくは無くなるため食事が一度にたくさん食べられなくなります。また、急いで食べてしまうと、濃度の濃い食物の塊がいきなり腸へ流れこんでしまうため、腸液が多量に分泌され、動悸、発汗、めまい、眠気、腹鳴、脱力感、顔面紅潮、蒼白、下痢などの早期ダンピング症候群といわれる症状が出ることがあります。胃内容物の急速な排出によって急激に血糖値が上昇し、それに反応して血糖値を下げるホルモンであるインシュリンが大量に分泌されることがあります。このような状況では逆に血糖値が下がり過ぎるため、食後2~3時間して、脱力感、冷や汗、倦怠感、めまい、意識消失などの症状がでることがあります(晩期ダンピング症候群)。

 

 しかしながらこれらの症状はほとんどの場合、食事の摂り方を工夫することで改善します。1日の食事量を5〜6回に分けて少量ずつ摂取することとし、一回の食事時間をできるだけ長くすることで、これらの症状はほぼ改善します。それでも改善しない場合には、症状をおさえるため薬による治療を受けていただくこともあります。

 

 その他、カルシウム、鉄、胃全摘の場合にはビタミンB12の吸収障害がおこり、骨粗鬆症、貧血などの症状がでることがあります。

■ 化学療法

1)術前補助化学療法

 術前化学療法は再発の要因となる微小転移をあらかじめ消滅させておくことを目的に手術の前に実施する化学療法です。その後、原発巣や転移巣の切除を行います。化学療法によって腫瘍が縮小することで切除率の向上や他臓器合併切除を回避することなどが期待されています。胃癌治療ガイドラインでは以下のような場合が対象として挙げられています。

 

① 手術による治癒切除を達成することができるが、再発の危険性が比較的高い症例

 

② 治癒切除が可能でも予後が不良な症例:例えば高度なリンパ節転移を有する、または大型胃がんなどの高度進行がん

2)術後補助化学療法

 術後補助化学療法は、治癒切除後の微小遺残腫瘍による再発予防を目的として行われる化学療法です。古くから多くの臨床試験が行われており、2006年にS-1の有効性が示され、現在これがわが国における標準治療となっています。ガイドラインでは、pStage II/Ⅲ(ただしT3N0とT1を除く)の症例を対象としています。手術後の体力回復を待って術後6週間以内にS-1投与を開始し、4週間投与2週間休薬を1コースとして繰り返し術後1年間継続することが推奨されています。

3)進行胃がん、再発胃がんに対する化学療法

 治療を開始する時点で、高度なリンパ節転移、腹膜播種、肝転移等の遠隔転移がある場合は、手術で完全に切除することが困難であり抗がん剤治療(化学療法)を行うことが推奨されています。また、まず抗がん剤治療を行い、腫瘍を縮小させた上で、切除可能と判断した時点で手術を行うといった治療戦略を取ることもあります。

 

 使用頻度の高い薬剤には、S-1、シスプラチン、イリノテカン、ドセタキセル、パクリタキセル、トラスツズマブ、カペシタビン、オキサリプラチンなどがあり、このうち2種類以上の薬剤を組み合わせて使用することもあります。最近では50%以上の高い奏効率を示す治療法も多く報告されています。胃がんに対する初回治療としての化学療法は、HER2遺伝子の変異の有無によって分類されており、HER2陰性の場合にはS-1+シスプラチンが、陽性の場合にはカペシタビン(あるいはS-1)+シスプラチン+トラスツズマブが推奨されております。

 

表 3 切除不能進行・再発胃がんに対する化学療法のアルゴリズム (第4版胃癌治療ガイドラインより抜粋)